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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機80

二式単座戦闘機 鍾馗

初の鍾馗実戦部隊
独立飛行第47中隊の出撃は
開戦の1941年には無く
翌年1942年1月15日となりました
97式戦闘機を中心とする日本陸軍戦闘機隊は
シンガポール攻略の前哨戦
ジョホールバル攻略の援護の為に
クワンタン飛行場に進出していました
クワンタン飛行場は
ジョホールバルまで約300kmと近く
航続距離の短い鍾馗でも
足が届く距離でした
シンガポール攻略は
日本にとって最重要拠点で
ここを落とさないと
英国等の欧州からの派遣艦隊が
ここを入り口に
南シナ海へ入り込む可能性が大きかったのです
南シナ海は
日本と南方を繋ぐ重要な海路でしたので
絶対に守らなければならない地域でした
そのような
重要な戦場に鍾馗は派遣されたのでした

モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機79

二式単座戦闘機 鍾馗

1945年12月5日
太平洋戦争開戦に向け
二式単座戦闘機 第47独立中隊 は
ベトナムサイゴンを目指して
福生陸軍飛行場を出発
鹿屋 沖縄 台湾を経由して
12月7日中国広東へ到着
翌日12月8日開戦を迎えました
現地日本陸軍航空隊は香港を攻撃
しかし
この攻撃に
鍾馗は参加しませんでした
12月9日
途中一機を事故で失い
サイゴンへ到着
当時のベトナムは
日本軍が進駐しており
サイゴンは
日本陸海軍航空隊の一大拠点となっていました
そこへ
最新の戦闘機 鍾馗が配備されました
この当時の鍾馗は
まだ
増槽が装備出来ず
航続距離が短い為多くの中継地を必要としました
この航続距離が短いのが
侵攻戦真っ只中の日本陸軍では
使い辛い原因となりました


モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機78

二式単座戦闘機

日本陸軍は
来たる開戦に備え
戦闘機戦力の増強の為
たとえ試作機だろうが
速く戦力化したいと考え
そこで
テストをしながら部隊を作る構想で作られたのが
二式単座戦闘機で編成された独立中隊
しんせん組です
また
47人の赤穂浪士にちなみ
独立飛行第47中隊と命名
部隊マークは
山鹿流陣太鼓を使用しました
パイロットも
熟練者を揃え
機体パイロットとも
当時の日本陸軍が
用意出来る最高の部隊となりました

テーマ : ホビー・おもちゃ
ジャンル : 趣味・実用

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イワークン ジーク

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