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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機40

飛行第64戦隊 3

飛行第64戦隊の活動していたビルマ戦線は
日本と気候がかなりちがい
乾期と雨季が有ります
この頃の大規模な作戦は
ほとんど乾期に行われ
航空戦に関しても
当時は
全天候型の航空機は有りませんので
自然と雨季は休戦状態となります
ちなみに
この地域の雨季は
5月頃から始まり
9月頃に終わります
実は
この休戦状態の期間がかなり重要で
航空部隊は
機体の整備あるいは新型に入れ替え
パイロットは後方に下がり
休養と訓練をする事ができ
部隊の戦力回復ができたのです
これが
ビルマ戦線が終戦まで
持ちこたえられた原因の一つです
しかし
それは
敵側も同じで
雨季が終わり乾期になると
よういドンの感じで戦闘が再開されます

モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機39

飛行第64戦隊 2

日本陸軍の最前線のビルマで
奮闘していた第64戦隊
加藤戦隊長が戦死した後も
奮闘できたのは
加藤戦隊長の意思を継ぐ
素晴らしい隊員方の努力の賜物でした
その中でもパイロットが素晴らしく
第64戦隊は
エース パイロットが多いのでも有名でした
特に有名な方は
魔のクロエ と呼ばれていた
中隊長 黒江保彦 大尉
義足のエース
中隊長 檜與平 大尉
等 日本陸軍じゅうに知れ渡るエースパイロットが居たのです
黒江氏 檜氏 共に終戦を無事に迎えられ
両氏ともに
加藤隼戦闘隊の本を主筆されていますので
興味ある方は
読まれてみてはいかがでしょうか



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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機38

隼 飛行第64戦隊

加藤戦隊長は
戦死してしまいましたが
加藤隼戦闘隊こと
第64戦隊の戦いが終わったわけではありません
第64戦隊は
1942年3月下旬にビルマに進出
ビルマは
イギリス軍を主力とする連合国軍が
中国支援の為の補給路確保と
東南アジアの植民地奪還の為に大兵力を投入
ビルマは
日本陸軍最大の激戦区となり
終戦のその日まで戦闘が繰り広げられました
そのような戦場でしたので
第64戦隊以外の戦闘機隊は
着任後激戦に戦力を消耗し
後方へ戦力回復に後退する部隊が多かった中
第64戦隊は
終戦までビルマの戦場に留まり戦ったのです




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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機37

加藤戦隊長の戦死3

加藤戦隊長の戦死は
飛行場に帰還した2機の隼から報告されました
加藤戦隊長の戦死は
加藤隼戦闘隊だけではなく
日本陸軍内部にも大きな衝撃を与えました
加藤戦隊長は
軍人としてはもちろん
素晴らしい人格者として有名でした
そのような
加藤戦隊長でしたので
戦死により二階級特進となり軍神として祀られました
ここまでは
映画 加藤隼戦闘隊で映画かされていまが
加藤隼戦闘隊と呼ばわれた飛行第64戦隊の活躍は
まだ半ばです
この後
ビルマ方面の戦闘は激しさを増しますが
この後は
加藤戦隊長の志を継いだ隊員達により
激戦を戦い抜いて行く事になります


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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機36

加藤隼戦闘隊14

加藤戦隊長の戦死2

ブレニム双発爆撃機は
海面すれすれを這うように逃走
後方から追尾していた5機の隼の内2機が被弾し引き返しました
その後
加藤戦隊長が率いる3機の隼が
十数分ブレニムを攻撃
流石の重防御のブレニムも火をふき始め
最後のトドメにと
加藤戦隊長がブレニムに一連射を浴びせました
ブレニムは海面に激突しました
加藤戦隊長機は
勝利宣言をするかのように急上昇
しかし
加藤戦隊長機は右翼から火が出ており
やがて炎と変わり
加藤戦隊長機は
200mほど急上昇すると
クルッと反転し機首を下にして
真っ逆さまに海に向けて降下し
海面に激突してしまいました
これが
加藤戦隊長の最後でした


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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機35

加藤隼戦闘隊 13

加藤戦隊長の戦死

1942年5月22日
加藤隼戦闘隊は
ビルマ現ミャンマーのアキャブ飛行場に集結していました
その日の任務が終わり
飛行場で待機している時
1機のブレニム双発爆撃機が侵入してきました
これを見た
加藤戦隊長は
待機中の隼に乗り込み迎撃に上がりました
それに続き
4機が迎撃に上がり計5機が迎撃に上がりました
ブレニムは高度を下げ低空で海へ逃げました
敵に追撃された時は
高度を下げながら加速し
低空を這うように逃げるのが常識で
こうする事により
迎撃側は
後ろ上方からの攻撃しか出来なくなり
迎撃側は
守備側の後方機銃の射界に入り
なかなか近づけなくなるのです
その日の戦闘が
正しくこの状態だったのです

続く

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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機34

加藤隼戦闘隊12

1942年4月10日
加藤隼戦闘隊は
前回4月8日敵飛行場ローウィンを攻撃した際
敵戦闘機の奇襲に会い4機失ってしまいました
よって今回は
敵飛行場ローウィンまで約650kmを夜間駆け抜け
払暁(夜明け)攻撃を仕掛ける事にしました
この作戦は
夜間650kmも飛行するだけでも困難なのに
この区間は山岳地帯で
なおさら難易度が高くなっていました
しかし
加藤戦隊長は
隊長として優秀なだけではなく
パイロットとしても超一流で
夜間飛行にも長けていました
そのようななか
加藤隼戦闘隊は
敵飛行場ローウィンを夜明けと同時に攻撃
地上に並んでいた
敵主力戦闘機P-40
23機を対地機銃掃射で破壊しました
敵戦闘機は
不意をつかれ
反撃は有りませんでした
この困難任務を成し遂げて
戦果を挙げる事が出来たのは
加藤戦隊長の隊長としての素晴らしさと
それに加えて
パイロットとしても優秀だったからこそ成功出来た作戦でした

モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機33

閑話休題2
日本陸軍戦闘機パイロット 夜間飛行
日本海軍戦闘機パイロット 洋上航法

陸軍戦闘機パイロットが夜間飛行で
海軍戦闘機パイロットが洋上航法
これは
お互いの戦闘スタイルによるもので
海軍戦闘機パイロットは
敵艦隊の攻撃と味方艦隊の防衛が任務ですので
洋上航法が必須となります
航空機を使う艦隊戦は
基本的に日中に行われるので
夜間飛行の能力は必要有りません
それに対して
陸軍戦闘機パイロットの主な任務は
敵飛行場の攻撃と自軍飛行場の防衛です
そこで
敵飛行場に攻撃をかけるタイミングは
基本的に
夜明けと同時か日没間際です
これが一番奇襲になりやすいタイミングなのです
と言うことは
敵飛行場攻撃に行く時
行きか帰りかが必ず夜間飛行になるのです
よって
日本陸軍戦闘機パイロットは夜間飛行能力が必須だったのです
ですので
日本陸軍戦闘機の左翼には
大きめの着陸灯がついています

モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機32

閑話休題
日本陸軍戦闘機パイロット 夜間飛行
日本海軍戦闘機パイロット 洋上航法

たまに
日本陸軍戦闘機パイロットは
洋上航法が出来なかっ為に
太平洋戦争中活躍が出来なかったと言われますが
これは
正確には
洋上索敵攻撃で
ふつうに海を渡る飛行には問題無かったようです
しかし陸軍戦闘機パイロットには
洋上航法と比べて勝るとも劣らない技術が要求されていました
それが
夜間飛行です
日本陸軍戦闘機パイロットは
夜間飛行が出来て初めて一人前とされていました
それに対して
日本海軍戦闘機パイロットにとって夜間飛行は
特殊な技術で通常要求されない技術でした
多くは有りませんが
隼も夜間戦闘で戦果を挙げています

続く



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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機31

加藤隼戦闘隊 11

加藤隼戦闘隊こと飛行第64戦隊が
ローウィン飛行場攻撃で
敵機に先手奇襲を受けた理由は
隼の進行ルートが
レーダーと人員によって見張られていたためです
しかも
ローウィン飛行場は遠方の為
レーダーに発見されない
他のルートで奇襲をかけようにも
進行ルートがのびてしまい航続距離が足りなくなってしまいます
よって進行ルートを変える作戦は難しかったと思われます
そこで
加藤 戦隊長は
次の戦いで雪辱を果たす為に別の作戦を練りました
その内容は
レーダーに発見されないように低空で飛ぶ
見張りに発見されないように夜間とび
夜明けとともに敵飛行場ローウィンに攻撃をかけるでした
言葉にするのは簡単ですが
実際は
かなり難易度に高い作戦でした

モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機30

加藤隼戦闘隊 10

1942年3月21日
加藤隼戦闘隊は
ビルマ進行にせなえて
隣の国のタイに在るチェンマイ飛行場に集結していました
それに対して
ビルマを守るフライングタイガースは
山岳地帯を挟んで650kmほど離れたビルマのローウィン飛行場へ集結していました
650kmほど離れていましたので
フライングタイガースのP-40戦闘機が
空襲に来ることは無いと思っていましたが
1942年4月6日
加藤隼戦闘隊の集結地チェンマイ飛行場は
フライングタイガースのP-40の攻撃を受け
奇襲となってしまいました
これを受け
加藤隼戦闘隊は
4月8日
敵飛行場ローウィンへ攻撃をかけました
事前の情報では
敵は戦力消耗の為に反撃は軽微だと思われていました
しかし
加藤隼戦闘隊の隼が
ローウィン飛行場に機銃掃射をする為に低空に降りたところ
上空からP-40戦闘機の部隊に襲われてしまいました
これは
レーダーによる監視と
加藤隼戦闘隊の進路に見張りを配置
その情報を元に
加藤隼戦闘隊を待ち伏せしていたのです
この戦闘により
加藤隼戦闘隊は
ベテランパイロット2名を含む4機を失ってしまいました
完璧な敗北でした
この日
基地に帰った加藤戦隊長は
敵機有利の敵飛行場を攻撃するにはどうすればいいか
作戦を立てていました

モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機29

加藤隼戦闘隊 9

1942年3月下旬
日本陸軍は
東南アジアの要所を手中に収め
戦争当初の目的南方資源地帯とそれを運ぶ海路を確保しました
日本陸軍は次の目的
連合軍から中国への補給路
通称 蒋介石ルートを遮断する為に
ビルマ(ミャンマー)へ進軍しました
これに伴い
加藤隼戦闘隊もビルマ戦線へと投入されました
この頃になると
敵戦闘機もF2バッファロー戦闘機等旧式機ではなく
イギリス空軍のホーカーハリケーン戦闘機
アメリカ軍のP-40 が相手となりました
中でも
P-40を駆るフライングタイガースは
歴戦の強者揃いで
太平洋戦争が始まる前から中国方面で活躍していました
フライングタイガースは機体に中国国籍マークを入れていましたが
実際は
機体 パイロット その他人員全てアメリカ製とアメリカ人で構成されていました
実質アメリカ合衆国義勇軍でした
このように
開戦時よりも強力な敵と戦闘する事になりました
しかし
それでも加藤隼戦闘隊の隼は
戦果を積み重ねていきました

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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機28

加藤隼戦闘隊8

日本陸軍は
開戦初頭にマレ半島に上陸シンガポールを攻略
これにより
イギリス東洋艦隊は東南アジアの拠点を失い
東南アジアでの海軍行動は
ほぼ不可能となりました
更に
日本陸軍部隊は蘭印方面で
パレンバン等の重要な資源地帯を手に入れました
このれらの事により
東南アジア 蘭印方面の連合国軍の排除
ヨーロッパ方面からの敵艦隊の進行に対する
哨戒線の前進に成功
東南アジア 蘭印方面は日本にとって安全地帯となり
戦争継続の為の資源も手に入れ
戦争当初の目標をほぼ達成しました
次に日本陸軍が取った戦略は
中国方面の戦闘の鎮静化
当時中国方面の戦況は膠着状態で
日本としては
中国方面を鎮静化させ
中国方面の戦力を太平洋に回したいと思っていました
そこで
日本陸軍は
中国の戦争継続能力を削ぐ為に
欧米から中国への物資輸送ルートを遮断しようと考えました
この通称
蒋介石ルートはビルマ インド方面にある為
日本陸軍は
ビルマ方面へと進軍を始めました
この
先陣を切って戦闘を行ったのが
加藤隼戦闘隊でした

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モデラーの空軍基礎知識 日本陸軍戦闘機27

加藤隼戦闘隊 7

パレンバンの飛行場上空に侵入した
日本陸軍の輸送機部隊でしたが
シンガポール方面からの火災等の煙で
視界が悪く
輸送機はバラバラになりながら降下地点に侵入してきました
そこへ
15機のハリケーン戦闘機が戻ってきたのですが
輸送機を連合軍機と誤認しませんでしたが
地上の対空砲火が火を噴き
意図を察したハリケーン戦闘機は
日本輸送機部隊に襲いかかりましたが
護衛の加藤隼戦闘隊に阻まれ
二機撃墜されています
さらに
ハリケーン戦闘機は加藤隼戦闘隊に追い払われ
日本輸送機を撃墜する事ができませんでした
加藤隼戦闘隊では
護衛任務の時には
敵戦闘機を追い回すのではなく
敵戦闘機を追い払う事を重視していたそうです
日本輸送機は
そのまま全降下部隊を無事に降下させる事が出来ました
その後
地上では激しい戦いが繰り広げられましたが
日本陸軍の降下部隊は
パレンバンをの要所を確保
無事に大油田地帯を確保する事が出来ました
これで
懸念材料だった石油の心配が無くなりました


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イワークン ジーク

Author:イワークン ジーク
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